ブラジルでの自給自足生活が教えてくれた『当たり前じゃない』ってこと

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日本で生きていると不自由することはあまりありません。お腹が空いたらコンビニに行けば食べ物を簡単に手に入れることができるし、レストランに行けば温かいご飯も食べれる。家に帰れば、いつだって「おかえり」といって迎えてくれて、ご飯を作ってくれる家族がいる。暇な時は遊んでくれる友だちがいて、週末は大好きな恋人とデートをする。いつだって枕のあるあったかい布団で寝れるし、暑かったら冷房をつければいい。ちょっと出かけようと思えば電車に乗れば大体のところに行けてしまう。そんな便利な生活も、日本にいると「当たり前」に思ってしまうかもしれません。でもそれって、実は「当たり前」ではないのです。

僕は、ブラジルのリオデジャネイロから約1000km、バスで18時間ほどでつく田舎町、「弓場農場」で一ヶ月自給自足生活をしていたことがあります。そこでは約90年前に居住した日本人達が、コミュニティを築いて暮らしていました。東京ドーム1000個分もあると言われる敷地には、家畜を育てる場所もあればそのほとんどが畑や田んぼで、自分たちの食べるものは全て自分たちで作り、余った農作物は都会に売りに行き、自分たちの生計は全て自分たちで立てて暮らしていました。

人手不足の村では、旅人を迎え入れています。旅人は、食べれる、寝れる、お酒を飲める代わりに朝から夕方まで毎日働きます。結論から言うと、めっっっちゃくっっっちゃ辛かった笑 でも僕は1ヶ月の労働と引き換えに、ご飯を食べさせてもらい、寝かせてもらい、お酒を飲ませてもらった上に、人生においてめちゃくちゃ大切なことを学ばせてもらったのです。今回は僕の経験と学びを共有させて頂きます。この記事を読んで貰っても、決して裕福になれたり、お金持ちになれたり、画期的なビジネスアイデアを思いついていただけないと思います。でも僕のブラジルでの自給自足の経験とそこで学んだことをシェアすることで、少しでも皆さんの今日よりも明日の人生が良くなってくれれば嬉しいです。ちょっと長いけど、見てね笑

はじめての南米大陸、ファンキーな国、ブラジル上陸!

2016年5月、僕はブラジルのリオデジャネイロに付きました。ドイツのフランクフルトから約12時間のフライトで到着し、早速街に行ってみることに。空港のバス停で、「Where is the bus stop?(バス停どこ?)」って聞いても通じないことにびっくり笑 なんとかバス停を見つけてバスを待っていると、ニヤニヤしたおじちゃんが近づいてきた。

もちろんはじめての南米大陸上陸で、ここは未地の国。言葉も通じない。明らかに現地の人に見えないはずの僕に、おじちゃんはポルトガル語で話しかけてきた、めちゃくちゃニヤニヤしながら(朝5時)笑 何言ってるかわからないけど突然大爆笑しはじめて、よくわからないけどなんかウケるから僕も爆笑。周りでバスを待ってる人も爆笑しはじめて、皆で爆笑してた(朝5時)。

そこに若い兄ちゃん登場。どうやら英語がわかるらしい。「このおじちゃんどうしたの?」って聞くと、めちゃくちゃ笑いながら「このおっさん、S◯Xしたいらしい」って笑 朝5時に爆笑しながらS◯Xしたいって言ってるおじちゃんがいるって、どんな国だよ!!!笑 と思って、皆で笑っているとバスが到着。S◯Xおじちゃんが俺の手を引っ張ってバスにいれる。よくわからないでいると、英語の喋れる兄ちゃんが「お前バスにタダで乗っていいっって言ってるぞ」って笑 どうやらこのおじちゃんバスの会社のお偉いさんらしい。「ブラジル、すげー国だな」

そんなことも会って無事にバスにも乗れて街に出たけど、僕は早速ブラジルの弓場農場に向かうことに。元々ネットの噂で旅人は働く代わりに寝れる、食べれる、お酒のめるっていう話を見てたから、既に1年弱旅してお金が底をつきかけていた僕には旅を続けるために「弓場農場」ではなた楽選択肢以外はなかった。それに「日本の裏側のブラジルで自給自足って、めっちゃかっけーーー」って思って笑 迷わず僕は弓場農場に向かっていた。18時間のバストリップを終えてついたのがここ笑

リオから1000km?!自給自足の街「弓場農場」

なーんもない、田舎町でした。「なんかStand by meみたいじゃん!」とか思うと、テンション上がってきて、1人で「Stand by me」聞きながら村へ笑 村に着くと、人がちらほら。「すいませーん」って言うと、「旅人か。」ってあっさり日本語あっさり対応。「客人だ―!」みたいな感じで迎えられると思ったら、ネットにも結構でてたし旅人慣れしてるんだ。そう思ってると、「とりあえず明日から仕事してもらうから、今日はゆっくりしなさい」って、弓場おじさん。ここの人たちは90年前にここに移住してきた弓場一族の末裔の人たち、だから名字は「弓場」さん。

夕方に到着した僕を大歓迎で迎え入れてくれたのはこの女の子、「ゆきちゃん」。会うなり突然、「ひげしゃーーーーん」。体毛が基本的に薄い僕は、髭が生えてると言ってもかわいいくらい。人生で初めてひげしゃん(ひげさん)って言われた。「ゆきちゃん、俺全然ヒゲ生えてないよ?」という。でもゆきちゃん、「だってヒゲ生えてるじゃん!だからひげしゃん」。まあ、確かに生えてはいる。まあいっか。ということで、ブラジルでの1ヶ月の自給自足の生活、僕のあだ名は「ひげしゃん」に決まった。暇な時間はいつもゆきちゃんと遊んでた。かわいいんだ。

夕方7時、犬の遠吠えを合図に、街の真ん中の食堂に皆が集まって、夜ご飯の時間。50〜60人位かな。殆どが弓場の人らしい。そこで特にお客さん扱いもなく、特別感もなく、紹介されることもなく、あたかも長いこと暮らしている人のように、僕も座っていた。笑

ご飯はバイキング形式で好きなものをとっていく。皆の列にしれーっと並んで、しれーっとご飯を取る。そして、しれーっとご飯を食べる。これがめちゃくちゃうまい。全部ここで取れたものらしい。野菜たっぷりブラジルでまさかの日本の味。僕は感動していた、1人で。すると隣りに座っていたひとが話しかけてくれた。名前は「げんさん」。げんさんもどうやら旅人らしくて、見た感じ40歳位10年位旅していて、今はブラジルの弓場農場にいるらしい。すげー人に会っちゃった。と思い、げんさんの話を聞いていると、どうやら旅人は僕とげんさんだけらしい。多い時期は10人くらいいるときもあるらしいけど、今は二人。後は村のおじいちゃんとおばあちゃんたちがメイン。若い人は少ないらしい。

ご飯が終わった後、げんさんが僕を部屋に案内してくれた。食堂からちょっと離れたところにある家に旅人用の部屋があるらしい。げんさんも同じ部屋に住んでる。「ここが君のベットね」って言われて案内してもらったベッド。まあ普通。普通でないのは蚊帳に囲まれてるくらい。めっちゃ蚊いるし、てかデング熱とか流行ってるし、だから蚊帳がデフォルトらしい。さすがっす。笑

そして、次の朝から早速仕事。朝は6時から食堂で皆で朝ごはん。7時から12時まで働いて1時間お昼ごはん休憩。で、13時から17時くらいまで仕事。そんな毎日の生活。仕事は、だいたい午前中は毎日収穫。オクラとかかぼちゃとか、米とか、果物とか。で、午後は近くのブラジル人の手伝いをしたり、畑を耕したり、ガッツリ仕事。で、夜はみんなで、自分たちで取った食材で料理したご飯を食べて、ブラジルのお酒、サトウキビで作られてるカイピリーニャを飲む。一週間に何回か、街に出荷するために夜遅くまで、そんな日々。

とうもろこし、フォーエバー

そんな僕に、自給自足生活中に一番大切なことを教えたくれた出来事があります。それは「とうもろこし収穫」です。いつも仕事に行くときはトラクターの後ろに乗せられて、畑まで連れてってもらって、仕事をします。ある日、いつもより大きめのトラクターに乗せられた僕らが連れてかれたところは「とうもろこし畑」でした。

とうもろこし収穫は1年に1回のビッグイベント。収穫したとうもろこしは1年の豚の餌になります。そう、1年間の豚の餌を収穫する仕事が僕に大切なことを教えてくれたのです。僕たちはいつも弓場のおじいちゃんたちと仕事場に向かいます。「じゃあ、今日はとうもろこしを採るよー」って。基本はトラクターで刈り取るんだけど、トラクターが通るところは人の手で取らないといけないらしい。もったいないからね。

そして、僕たちは朝の7時から無心でとうもろこしをモギモギしていました。自分よりも背丈の高いとうもろこし畑の中、左右に生えるとうもろこしをひたすらモギモギして、ペアのおじいちゃんが持つかごにとうもろこしを投げて、溜まったらトラクターに積みに行くという単純作業を、1言も喋らず無心にひたすら続けていました。変化のないことほど退屈なことはありません。だからといっておじいちゃんも無心にとうもろこしを運んでいるので1言も喋ってくれはしません。辛い。先の見えないとうもろこし畑を突き進む。いつ終わるかも知らされない中、永遠の単純作業。つらい。加えて辛かったのは「ほこり」。

今まで畑の中で働いたことなかったから知らなかったけど、畑の中って「ほこり」がすごいんです。もともと僕は「ほこり」に弱かったこともあり、気がついたら露出している肌の部分、腕や首は真っ赤。ホコリを吸ってるから咳も鼻水もすごくて死にそうになりながらひたすらとうもろこしを収穫する作業。結局朝7時から夕方5時までひたすらとうもろこしをモギモギしていました。ようやく終わったーと思ったら、「これ後1週間かかるなあ」って。笑

「本当に死ぬ」僕はそう思いました。疲れ果てて部屋に帰っても、咳が止まらず。あとから気づいたのですが、自分の服についていたほこりが入ってしまって、寝てる間も喘息のように咳が止まらない。めちゃくちゃ辛い。。。逃げ出したかったけど、ここはブラジルの田舎。とうもろこしから逃げることはできません。「とうもろこしフォーエバー。。。」。そんな1週間を過ごし、ようやく全とうもろこしを収穫した後、次に待っていた仕事は収穫したとうもろこしの脱穀作業。収穫したとうろこしを機械で粒にしていきます。これがまたつらい。

脱穀するときが一番ホコリが舞う。それを吸って苦しむ僕。そして、とうもろこしを脱穀した後、保存するために俵に詰めていきます。この作業がまたつらいんです。つぶつぶになったとうもろこしたちを石油缶ですくってひたすら俵に詰める作業。大体1個60kgくらいになるんだけど、それを全部で400俵。それをほとんど1人で詰めて、運ぶ作業。この肉体労働は人生で一回も筋肉痛になったことがなかったところでさえ、筋肉痛になるくらい辛かった。手の指の第二関節。手の指の第二関節が筋肉痛になったことある人いますか?笑 そして夜はホコリで再び喘息になる。そんな日々を1週間ちょい。死ぬかと思った。

そして忘れちゃいけないのは、このとうもろこしは豚の餌になるんです、僕達が食べるのではなく。一生懸命死にそうになりながら収穫したとうもろこしは僕達が食べるのではなく、豚の餌なのです。その事実は僕の疲労を加速させました、人間自分事だとどんなに辛くても頑張れす。友達や家族のためなら頑張れます。正直、ブタちゃんのためにそこまで頑張りたいと、僕は思えませんでした。そんな地獄の「とうもろこしフォーエバー」な1週間、死ぬかと思いました。それを乗り越えた僕は少しマッチョになったくらい、肉体的にも精神的にも追い込まれました。

食べれるって、「当たり前じゃない」ってこと

とうもろこし収穫が終わった次の日、皆といつものように夜ご飯を食べていました。食卓にはトンカツがでていました。そう、僕達が死にそうになりながら収穫したとうもろこしを食べて大きくなった豚さんです。僕は、感動して涙が止まりませんでした。

僕達が一生懸命収穫したとうもろこしを食べて大きくなった豚さんを、僕達が頂いている。僕達が一生懸命とうもろこしを収穫したからこそ、豚さんはご飯を食べれて大きく育ち、そのおかげで僕達は美味しいとんかつを食べれている。少し残酷な気持ちもしますが、これほど食べ物に感謝できた経験は今まで、ありませんでした。今まで、何も考えず当たり前のように頂いていたご飯ですが、背景では食物を育てるために一生懸命働いてくれている人がいて、それが食物や動物を育て、その生命を僕たちはいただいているのです。食べ物が食べれるって、「当たり前じゃない」そう思いました。

当たり前じゃないことへの「感謝」は人生を豊かにする

そう思った瞬間、次に僕に訪れた感情は「感謝」です。食べ物が食べれるって、なんて素晴らしいことなんだ。その感謝の気持ちは食べ物だけでなく、今まで当たり前と思っていたすべてのことに向けられました。両親が僕を生んでくれたこと、育ててくれたこと、ご飯を作ってくれたこと、こんなにでっかい世界の中で出会えた大事な友人たち、僕ができたかけがえのない経験、その全てが当たり前じゃないんだ、ありがとう。素直にそう思うことができました。

そして、「感謝」の気持ちは僕の人生を変えました。小さなことにも感動し、「感謝」できることは僕の人生を豊かにしてくれました。なんでこんなに自分は恵まれてるんだ、そう思うだけで自分の人生の幸福度は高くなります。実は、見落としているだけで、僕達の人生はあまりにも恵まれているのです。ただ、見落としているだけなのです。美味しいご飯が食べれることも、家族や友人がいることも、当たり前じゃないのです。

人生に感謝が増えると、幸福度はあがります。単純に「つらいつらい」言っている毎日より、「ありがとう」と言っている毎日のほうが心が豊かになることはお分かりいただけると思います。

僕はそんな大切なことを、ブラジルの自給自足生活で教えてもらうことができました。周りに感謝できるようになると、周りの人との関係も良くなります。悪口ばかり言っている人よりも、『感謝している」人とのほうがい所にいて気持ちいですよね。

きっかけはなんでもいいのです。僕はブラジルでの自給自足だっただけで、今この瞬間に自分の人生を振り返り、当たり前じゃないことに気づき、感謝することができれば、今よりも少し人生が良くなると思います。明確な根拠があるわけではないのですが、少なくとも僕はそうでした。

「当たり前」なんてことはほとんどない。「当たり前じゃない」、だからこそ感謝が生まれる。その感謝こそが人生を豊かにする大切なことなのです。僕はそう思っています。僕の主観になってしまいましたが、もし共感いただけたら、少し今までの人生を振り返ってみて下さい。今の自分なら気づける「当たり前じゃない」ことへの感謝が見つかるかもしれません。感謝が見つかった時、あなたの人生は今よりももっと素晴らしいものになるのではないかと思います。

僕は1ヶ月の肉体労働と引き換えに、寝れる所、食べれるもの、お酒以上に大切な、お金じゃ決して買うことができない経験を得ることができました。皆やるべき!とは思いませんが、こういう経験をすることは個人的にはおすすめです!笑

僕で良ければ、旅や人生の相談はいつでも受けているので、お気軽にご連絡頂ければと思います^^


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Takahero

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